2014年03月13日
水仙の丘に今年も行ってきました。満開までもう少しですね。水仙の摘み取りができます。
10本で200円です。花1輪が大きいため10本でも結構ボリュームがありました。

2014年03月18日
今日水仙の丘に電話をしたところ後2~3日で見頃が近づくらしいです。
入場料は無料ですのでぜひお越し下さい。

    
   これで50本です。                     大輪のラッパ水仙



        マクロで写しトリミングしました。めしべが綺麗です。


2013年4月18日
ペンション近くの田んぼのお花畑で無料の花摘みが始まりました。

お花畑の向こうには瀬戸内海が広がっています。
いくら摘んでも無料です。


2013年3月21日
水仙の丘のラッパ水仙が満開です
                          2013年4月中旬で花の時期が終わりました。水仙の期間は短いですね。来年を楽しみにして下さい。



2011年5月15日

アルテック409-8E スピーカー奮闘記
  
瓢箪から駒 計算外 思惑外れ 言葉をいろいろ並べてもうまく表現できない今回のスピーカー作りである。
ネットサーフィン中アルテックのあるスピーカーが目についた。409-8E 20cmの同軸フルレンジです。ジャズ向きの音を出し、特に肉声の再生は抜群であるという。肉声とはいわゆるボーカルのことである。 少し前から古いジャズの女性ボーカルに凝り出した私にとってもってこいの情報でした。今では眠ってしまったスピーカーの自作の虫がまたむくむく起き出してくるのが感じられました。おっと又危ない悪い病気が発症したようです。
スピーカーのデーターをみると1,000Hz~100Hzまでだらだら下がっており、100Hzから下は急激にお落ちているという情けないデーター。ということは低域がほとんどでないという証明です。ジャズで低域が出ない。あのコントラバスのブンブンという響きが出てこない。最悪です。
40年来のオーディオ暦の思考の中でまず浮かんだのは、過去に10cmのフルレンジで作ったダブルバスレフ。しかしダブルバスレフは弱い低域を持ち上げるのにはよいのだが、無い低域をどうする事も出来ないと気がつき諦めました。
そこでふっと過去に見たコイズミ無線のタンデムドライブバスレフの記事を思い出した。スピーカーBOXの正面に小口径のフルレンジを取り付け、その低域を補うために、外部から見えない箱の内部に同等のスピーカーを取り付け低域を稼ぐ方法です。ところが大きな問題が発生しました。アルテックの能率が高すぎて中に入れて会わせるウーハーのスピーカーがないことです。アルテ
ックの能率は97dB オーディオに興味のある方なら驚かれると思いますが、ツイーターならともかくフルレンジで97dBとはあり得ない数値なのです。97dBとは小さなパワーのアンプで大きな音が出せる驚きの数値なのです。しかし一緒にスピーカー内に入れるウーハーは普通は85dB 、高能率でも20cm程度ですと90dBが普通なのです。この7dBの差は大変なことなので到底あわせることは断念しました。
 そこでこれだけ差があるので二つのスピーカーを別々のアンプで稼動すればと思いました。いわゆるマルチアンプ方式です。2つのスピーカーターミナルを取り付け2台のアンプで鳴らす。これしかない。丁度古いパイオニアのチャンネルデバイダーを所有しておりこれですべてが解決したと、期待に夢を膨らませ新しいスピーカー作りが始まりまし
  Wバスレフ基本図た。ウーハーはヤフオクで落札したFOSTEXウーハーFW208Nに決まりました。インピーダンス・・・8Ω 再生周波数帯域・・・29Hz〜5kHz 出力音圧レベル・・・90dB/W(1m)マグネット重量・・・1,410g 総重量・・・4.65kg かなり強力なウーハーです。
製作途中の落書き程度のメモは以下のとうりです。バスレフのスロートも計算しました。バス
レフポートの共振数は35Hzの計算になりました。 板取から始まり切り込み・仮組み・修正。1週間以上かかってようやく完成までこぎつけました。ここまでは大変な苦労でしたが、それはそれで好きなことなので楽しく過ごせました、だから何も面白い話の展開はありませんでした。

               
                
                
上記は設計図面と言うよりはアイデアの走り書き

          ある程度完成した後音出しとなりました。マルチチャンネルの予定でしたが、取り合えずアルテックだけにアンプをつなぎ音だしを始めました。意外なことにコントラバスが快適なリズムを刻んでいるじゃないですか。アルテックは低域が出ないはずなのですよね。
ウーハーはアンプにはつないでいないのです。でもウーハーからコントラバスの良い響きが聞こえ
てくるのです。不思議不思議!!
しばらくエージングの日々(我慢の日々)を過ごす中、これはひょっとするとドロンコーン(パッシングラジエター)の状態になっているのではないか。と思うようになりました。でも!変ですよね。ドロンコーン方式は確か密閉箱で行うはずですよね。これはバスレフポートもあるのに。
マルチアンプ方式で2台のアンプを使ってドライブする予定が思わぬ結果になってしまいました。計算外の組み合わせである程度の低音を手に入れ悦に入っている今日この頃です。
私は本を読みながら小さな音でスローな古いジャズを聞くのが好きである。本の活字を追いかけながら耳はジャズのリズムを追っている。そんなとき、ふと音の生々しさにハッとしてスピーカーをふっと振り返るような音の色気。音の雰囲気が大好きである。

     



ある日のオークションでヤマハのパッシングラジエター
(ドロンコーン)を見つけました。パッシングラジエターと
いうスピーカーの作り方はかなり過去のブームで今では
各スピーカーユニットメーカーでは殆ど作られていません。
昔は(かなり昔)フォステクスやJBLなど各社から出して
いましたが、今はゼロ!!使用が無いのでフォステクスの
ウーハーFW208Nで鳴らしていましたが、ヤマハの
パッシングラジエターが手に入ったので早速交換しました。
やはり専用の方が低域の鳴りが良さそうです。
このスピーカーの鳴りっぷりをYou Tubeにアップロードしました。
右のSPの写真をクリックして下さい。










2010年7月2日



  
 伊弉諾神宮は古事記に書かれており、
   日本最古の神社です。でも規模はそんなに
   大きくないのですが、格式は立派な物です。
   皇室に繋がりもあるんですよ
   名前を見れば解るように、神社ではなく
   神宮なのです。伊勢神宮・橿原神宮・明治
   神宮などと同じ格式なのです。
   今では神秘なパワースポットとして、密やかに
   囁かれています。
   左のチラシのように、これより毎月22日に
   伊弉諾神宮をライトアップし夜間特別参拝が
   始まりました。
   縁満ろうそく特別祈願〔30分〕・・・500円
   特別参拝祈願〔50分〕・・・・・・・1,800円
   などの体験メニューも用意されていますが、
   事前の予約が必要になります。
   売店(神宮内せきれいの里)で    
   18時30分~20時00分の間受け付けて
   います。但し参拝だけなら、いつでも自由に
   お参りできます。

   これは私の内緒のお勧めですが、何かどうし
   ても神様に頼み事がある時は、(神頼み)
   伊弉諾神宮の深夜参りをお勧めします。
   但し普通の日の深夜参りです。ライトアップも
   していません 。子の刻にはパワースッポトの
   パワーが最高潮になりそうです。
   人っ子一人もいない薄暗い神社のお参りです。
   結構効能がありますよ。
   物好きな人は深夜12時前後のお参りをして
   みて下さい。懐中電灯はお忘れなく。
  
  2010年7月7日
         姫路の上野様  AM1:00 初深夜参り













伊弉諾神宮の起源(古事記より)
 
根気のある人は是非お読み下さい。
〔書物からの抜粋です〕

 
はるかな昔のことです。天上に、神様たちが
住んでいる、高天原(たかまがはら)というところ
がありました。
あるとき、神様たちが高天原から見下ろしてみますと、下界はまだ生まれたばかりで、ぜんぜん固まっていません。
海の上を、何かどろどろ、ふわふわとした、くらげのようなものがただよっているというありさまでした。

 「このままではいけない」

 そう話し合った高天原のえらい神様たちは、イザナギノミコト、イザナミノミコトという二人の神様に、天沼矛(あめのぬぼこ)
という大きな槍(やり)をあたえ、下界をしっかりと固めて、国造りをするようにと命じました。そこで二人は、高天原から
地上へとつながる天浮橋(あめのうきはし)の上に立って、槍の先で、どろどろとした下界をかきまぜました

 「こおろ、こおろ、こおろ」

 かきまぜるたびに、大きな音がひびいてきます。二人が天沼矛をすうっと引き上げると、槍の先からぽたぽたと落ちたしずくは、
みるみるうちに固まってひとつの島ができあがりました。ひとりでに固まってできあがったので、この島のことを「おのころ島」と
いいます。 イザナギとイザナミは、さっそくおのころ島へとおりてゆきました。

 二人の神様は、おのころ島の上にりっぱな御殿(ごてん)を建てて、そこで結婚(けっこん)の儀式(ぎしき)をしました。こうして、
最初に生まれたのが淡路島(あわじしま)で、その後、四国や、九州や、本州や、そのほかのたくさんの島々が生まれました。
 島ができあがると、妻のイザナミは、それぞれの島を治める神様を生みました。それに続いて、石や土の神様、家の神様、
風の神様、川や海の神様、山の神様と、たくさんの神様が生まれてきましたが、火の神様を生んだとき、イザナミは大やけどを
してしまいました。大やけどに苦しみながら、イザナミはなおも、粘土(ねんど)の神様や、水の神様、鉱山(こうざん)の神様などを
生みました。無理を重ねたイザナミの体は、みるみるうちに弱ってゆきます。イザナギはけんめいに看病(かんびょう)をしましたが、
そのかいもなく、イザナミはとうとう亡くなってしまいました。

 「愛(あい)するおまえの命を、一人の子の命とひきかえにしてしまった」

 イザナギは、イザナミのなきがらにとりすがって、ぽろぽろとなみだを流して泣きました。そしてイザナミを、出雲(いずも)の国と
伯耆(ほうき)の国の境にある比婆山(ひばやま)にほうむりました。イザナギは、妻に大やけどをおわせた火の神のことを、
どうしても許すことができず、とうとう、剣で切り殺してしまいました。

 イザナミが亡くなってからしばらくの間、イザナギは一人で悲しんでいましたが、どうしてもがまんすることができなくなりました。
そこで、死者の国まで妻をむかえに行こうと思いたちました。死者の国は、黄泉(よみ)の国といって、深い地の底にあるのです。

 イザナギは、地の底へと続く長い暗い道を下りて行きました。ようやく黄泉の国に着くと、イザナギはとびらの前に立ち、イザナミに
、自分といっしょに地上へ帰ってくれるよう、優しく呼びかけました。

 「ああ、愛する妻よ、私とおまえの国造りは、まだ終わっていないのだよ。どうかいっしょに帰っておくれ」

 ところが中からは、イザナミの悲しそうな声が帰ってきました。

 「どうしてもっと早く来てくれなかったの。私は、もう黄泉の国の食べ物を食べてしまいました。

ですから、地上へはもどれないのです。けれども愛するあなたのためですから、地上へ帰ってもよいかどうか、黄泉の国の神様に
たずねてみましょう。それまで、私の姿を決してのぞかないでくださいね」

 そう言われて、イナザギはじっと待っていましたが、いつまでたっても妻からは返事がありません。
とうとう待ちくたびれたイザナギは、小さな火をともして、妻を探すために黄泉の国へと入っていったのです。

 黄泉の国は、どこまでも真っ暗なやみが続いています。うす暗い灯りをもって、目をこらしていたイザナギは、思わず「あっ」と
さけんで立ちつくしました。何とそこには、くさりかけてうじ虫がいっぱいたかっている、イザナミの体が横たわっていたのです。
おまけにその体には、おそろしい雷神(らいじん)たちがとりついています。

 「あれほどのぞかないでと言ったのに、あなたは私にはじをかかせましたね」

 自分のみにくい姿をのぞかれてしまったイザナミは、かみの毛を逆立ててすさまじくおこりました。

 「イザナギをつかまえて、殺しておしまい」

 イザナミがそう命令するや、黄泉醜女(よもつしこめ)という悪霊(あくりょう)たちが、イザナギをつかまえようと、あちらからもちらからも
わき出るように現れました。

 イザナギは地上へ続く黄泉平坂(よもつひらさか)に向かって、必死ににげました。イザナミと黄泉醜女たちは、すさまじい勢いで
せまってきます。イザナギはけんめいに走りながら、かみに結んでいたかざりを放り投げました。するとかみかざりからは
たちまち野ブドウの木が育って、たくさんの実がなりました。それを見た黄泉醜女たちは立ち止まって、実を食べ始めましたので、
そのすきに、イザナギはどんどん走りました。けれどもしばらくすると、また悪霊たちが追いついてきます。イザナギは、
こんどはかみにさしていたくしを放り投げました。すると、そこからはたけのこが次々に生え、黄泉醜女たちはまた立ち止まって、
食べ始めました。
 
 こうしてけんめいににげるイザナギの行く手に、ようやく地上の世界が見えてきました。しかし黄泉醜女たちは群れをなして追いついて
きます。イザナギは片手に持った剣を後手にふり回して防ぎながら、ようやく坂のふもとまでたどり着くと、そこに生えていた桃(もも)の木に
なっていた実を三つもぎとって、黄泉醜女たちに投げつけました。すると、桃の実がもっている不思議な霊力(れいりょく)におそれをなした
黄泉醜女たちは、みんなにげ散ってしまいました。

 けれどもイザナミは、まだ恐ろしい顔でせまってきます。ついにイザナギは、黄泉平坂に、千人がかりでないと動かせないような大岩を
引っ張ってきて、それで黄泉の国と地上の世界の間をふさいでしまったのです。
 追いかけてきたイザナミは、岩の向こうから大声でさけびました。

 「これからは、あなたの国の人を、一日に千人ずつ殺しますからね」
 「それならば、地上では一日に千五百人ずつ子供が生まれるようにするよ」 イザナギは答えました。

 こうして二人は別れ別れになり、地上の世界と黄泉の国とは、永久に行き来できない石のとびらでふさがれてしまったのです。
けれどそれからというもの、亡くなる人よりも生まれる人の方が多くなり、地上の人は次第に増えるようになったのだそうです。

 

 


2010年5月7日

今年はペンションの玄関にツバメの巣作りが始まりました。お客様や私たちの出入りの多いところに巣作りをし始めました。
人が出入りするたびに驚いて飛び立ちます。。


      
            必死に土を運んで巣作り                                  上の写真絵をクリック。動画が始まります。  

2010年6月18日

巣作りから1ヶ月と10日たちようやく待ちに待った5匹の雛が誕生しました。親鳥が交互の餌を運んでいます。





  
ペンションの玄関にツバメが巣を作りました。
  先日無事5匹の庫ツバメが卵から雛にかえりました。
  ゲストの出入りのたびにおやツバメが驚きせっかく
  卵を温めていたのを止め、飛び立つのを見て雛が
  生まれるのか心配していました。  
  でも無事5匹の雛が誕生しました。目出度し。

  左の写真をクリックして下さい。You Tubeで可愛い
  雛が口を大きく開けているのをご覧下さい。






2010年2月10日

今日は朝からのすごい霧で目覚めました。ひょとしたらと思い24Km離れた明石海峡大橋までデジカメを持ち車を飛ばしました。
もしかして、もしかしてと30分走り続けるといい明石大橋が撮れました。も




橋が途中から霧の中に消えていってしまってます。



前の家ははっきりと見えているのに、橋だけが霧に巻かれています。



雲の中にそびえる主塔


出たー2009年の正月も過ぎた1月7日大安の日、
ペンションの仕事も一段落し毎年恒例の伏見稲荷に参拝しました。
商売の神様伏見稲荷は初詣に参拝し始めてもう34年。
その間おみくじも34回引きました。大安や中吉・小吉・・・
もちろん大凶ももれなく出てきましたが、今年はなんとなんと
大大吉が出ました。おみくじの一番良いのは大吉しか
知らない57年間の人生でしたので、とにかく吃驚しました
さて今年はどんな良いことがあるのか大変楽しみです。
しかし昔の人は大吉は大凶の裏返しと心を引き締める格言が
あるのも忘れません。
ネットで調べればやはり結構大大吉は出ているのですね。
 





2006年4月15日
雨の日が続きようやく晴れ間が見えた少しの間を狙って、カメラを持って出かけました。
雨が続き花が散ってしまうと機が機でなりませんでした。
2~3日前までは満開だったのですが、少し散ってしまいました。
山に自然に自生した山桜は見事な物です。

画像をクリックしてください。
山一面の山桜











































2005年5月30日

今年もまたツバメがやってきました。去年はこなくて心配していたのですが・・・・。
          親鳥がえさを運んでくる姿は人間が必死に子育てをする姿に合わさってきます。



夫婦仲良く子育て中



2004年2月12日
久しぶりです。長い間怠けていました。ごめんなさい。
先日、中年のご夫婦がお二人でお泊まりいただきました。夜、夕食も終わり9時からのドリンク
タイムにホールに降りてこられ、同宿の他のご夫婦とご主人が談笑しながらお酒を飲まれていたのですが、
奥様が何か書かれておられました。翌日いちごの赤いポストにこの絵手紙を投函されていかれました。
ペンションでは無料でお客様のポストカードをお送りしています。
感激しました。ほのぼのと私どもの料理が描かれていました。








上の絵手紙をお送りしてから数日後、お礼の絵手紙が届きました。これもまた素晴らしい
いちごの物語の朝のすがすがしい海の風景でした。私もカメラに凝っておりペンション周りの
四季の風景を写真に納めておりますが、やはり手書きの絵手紙は最高ですね。何ともいえない
ほのぼのとした暖かみが伝わってきます。


9月27日~9月29日

ようやく夏期シーズン及び淡路花博も終わり、今年は長島温泉から賢島までの家族旅行に出かけた。
テレビコマーシャルでよく出てくるあの驚異のスチールドラゴンなのだ。
泊まりは長島スパーランド横のオリーブという宿。1泊2食付きで16,000円フリーパス(乗り放題券)
2日付きというお得なお泊まり、客室及び館内はこぎれいで満足いくものだった。
食事は朝夕バイキング、種類はかなりの数がそろっており、ステーキ・蟹なども食べ放題でそろっていたが
それぞれの素材が悪く食べていくにつれ、もういいかなという感じだった。
でも1日3,800円のフリーパスが2日分ついていてこの値段だからしょうがないかな。
でも、露天風呂のお風呂や客室及び館内の設備は十分満足できるものだった。

  
     驚異に高さのスチールドラゴン
     この高さ(97メートル)からの落下は
     恐怖。コースター好きの私もさすが
     乗れなかった。
             

    

  夜景に生えるスチールドラゴン。  夜はまた特別きれい。




     夜ライトアップされたホワイトサイクロン。
     この夜のホワイトサイクロンを見るだけでも
     ここに来てよかったなと思えるほどの圧倒感。
     このきれいさは口では表せない。



    
  なばなの里のバーベキューガーデン。地ビールを飲みながら。3人前のバーベキューセットを
      家族5人で食べたがボリューム満点でお腹が一杯。なかなかのお勧め。

      


  花、花、花、とにかく花が一杯   

    

               温泉の足湯で思わずこんな所でのんびりと。なんと足の乾燥機もあった。


2001年1月21日
何年ぶりかに黒岩水仙郷に行って来ました。冬の寒波の合間でぽかぽかと暖かい日和で水仙郷はすごい人出でした。
あの細い道路に路上駐車でいっぱい。ほとんどの車は南淡町からで、すごい込み合っていました。
私は洲本市内から入り車も水仙郷の入り口近くの路上に速やかに駐車できラッキー。ところでみなさんはご存じでしょうか。
淡路島の水仙郷は2カ所あります。黒岩水仙郷と立川水仙郷です。立川水仙郷は個人の経営で平地に水仙を栽培し、
秘宝館や平家の落人展示など年間の集客をねらい、営業している。洲本市内からはいると知らないほとんどの人は絣の
着物に手に水仙を持ったおばさんの誘導に導かれ入ってします。そこからしばらく走ると海岸線にでてモンキーセンターがあり、
次に黒岩水仙郷がある。海に面した険しい山全体が水仙に覆われ、圧巻的な景色である。水仙の中の小道を頂上まで登っていくのは
確かに苦しいが、頂上の休憩場所に立ったときの気分は最高である。


            



  



          


2000年9月19日

9月17日でようやく花博も終わり、少しほっとした気持ち。今日はパンフレットに
使う為の明石海峡大橋のイルミネーション(夜景)を撮影しにいった。
今現在使っているデジカメはオリンパスのCAMEDIA C-3030だ。300万画素の
TIFFという最高の画質のデジカメなのだが、なんとシャッターの開放ができない。
暗い遠景の夜景ではシャッタースピード1秒ではきれいにとれにではないか。
オリンパスもここもう一つというところで使いにくいカメラなんだな。
しょうがないので押入から依然使っていたコダックのDC260を引っ張り出してきた。
160万画素の2~3年前に買ったデジカメ。なんと16秒のシャッター解放ができるじゃないか。
早速、神戸淡路鳴門自動車の淡路サービスエリアの下り展望台から撮影に望んだ。
いろいろやってみた結果10秒にシャッター開放で下のような明石大橋がとれた




上の写真を是非クリックしてください。写真が大きくなり橋の上に星が見えてきます。
当日見た目では星はほとんど見えませんでしたがデジカメのシャッター開放により
肉眼では見えない淡い星の光までカメラのレンズは映し込んでいる。
少し感動した。
ただし時間のある方のみどうぞ。星の光を残すために画像の容量を
縮小していないため408KBの画像を開かなければならないため大変時間がかかる。
暇な方はどうぞ。